なんどきごろ》じゃ」
「四ツ少し手前でござります」
「先刻、土左船がたしか京橋花園小路の糸屋だとか申したな」
「はッ。間違いなく手前もそのように聞きましてござります」
「ちと遅いが、すておけぬ。伜がよからぬ死に方したとあっては、定めし寝もやらず、まだ打ち騒いでおるであろう。よい退屈払いじゃ。そちも供するよう乗物支度させい」
 いかさま棄ておけない事でした。心中を遂げた筈の男女から不気味至極な折箱到来とあっては、よい退屈払いどころか、事が穏かでないのです。
 打ち乗ればもう直参千二百石、京弥をつれての道中も悪くないが、乗り心地もまた悪くない。
 町から町は凩《こがらし》ゆえにか大方もう寝しずまって辻番所の油障子にうつる灯が、ぼうと不気味に輝いているばかり……。
「その駕籠待たッしゃい。急いでどこへお行きじゃ」
「身共じゃ。退屈払いに参るのよ。この眉間《みけん》をようみい」
「あッ。傷の御前――いや、早乙女の御前様でござりまするか。御ゆるりと御保養遊ばしませい」
 保養とは言いも言ったり、傷も江戸御免なら退屈払いも今はすでに江戸御免でした。――急ぎに急いで、察しの通りまだカンカンと灯をとも
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