そくに人を飛ばし、三ツ扇屋とやらの主人《あるじ》にもお越しを願うたところ、今しがた駈けつけまして打ちしらべましたばかりでござりまするが、やはり似てもつかぬ別人じゃそうにござります」
「のう! ――まことと致さばなにさまいぶかしい。騒ぎのもとと相成ったその伜はいずれじゃ。源七は行方《ゆきがた》知れずにでもなっておるか」
「それが実は心配の種でござります。どうしたことやら、四日程前にぶらりと家を出たきり、行き先も居どころも皆目《かいもく》分りませぬゆえ、もしや不了簡でも起したのではないかと、打ち案じておりましたところへ、人違いの心中者が届きましたゆえ、かように騒ぎが大きくなった次第でござります」
「誰袖もか」
「同じ日の夕方、やはり居のうなっているのじゃそうにござります。そういうお殿様はまた、いったいどうしてここへ?」
「到来物があったからじゃ。行方《ゆきがた》知れずの源七達から菓子折が参ったのよ」
「えッ。ではあの、せ、伜はまだ生きておるのでござりましょうか! どこぞにまだ存生《そんじょう》しておりましょうか!」
「おるかおらぬかそれが謎じゃ。人間二匹居のうなって死体が揚がる、書置の手蹟は本人のものじゃがむくろは別人、死んだ筈のその者共から、選りに選って傷の主水之介に菓子折が到来したとあっては面白いわい面白いわい。いや近項江戸にも珍しい怪談ものじゃ。念のためそれなる死体一見しょうぞ。案内《あない》せい」
 心得て六兵衛が恐懼《きょうく》しながら導いていったところは、ガヤガヤと黒集《くろだか》りになって人々が打ち騒いでいる奥庭先です。同時にそれと知って、サッと遠のいたのを、物静かに近よりながらのぞいてみると、死体は男女とも実に行儀がよい。しごきで結わえたままの身体を新筵《あらむしろ》の上に寝かされて、犇《ひし》と左右から寄り添いながら、男女共にその顔は、何の苦しみもなく少しのもがいたあとも見せず、水死の苦痛はどこにも見えないような安らかさでした。
「はてのう。ちと不審じゃのう京弥」
「何でござります」
「断末魔の苦悶はおろか、水を呑んであがいたような色もない。いぶかしいぞ。灯りをみせい」
 さしつけた灯りと共に、じいッと見眺めると、ふたりとも首筋に変な痕がある。――締めた痕です! 紛れもなく細紐のようなもので締めたらしい、血の黒ずんだ痕が見えるのです。
「ウフフ。わはは
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