て、実にいい味のする旅情です。――退屈男が何をおいても、先ず第一にこの吉原へやって来たのも、その寂しい旅情にしみじみと浸《ひた》りたいために違いないのでした。
 京町、江戸町、揚屋町と、曲輪五丁町の隅から隅をぐるりと廻って、そうして久方ぶりに長割下水へ帰りついたのは、木枯に星のまばたく五ツ半……。
「ま! お早うござりました。御帰り遊ばしませ」
 京弥と、兄主水之介の側にさえ居ったら、ほかにもう望みはないと言わぬばかりに、いそいそと迎えて手をついたのは妹菊路です。
「どうでござりました。吉原とやらは面白うござりましたか」
「それほどでもない。菊!」
「あい。何でござります」
「兄はまたどこぞ旅に出とうなった。江戸は思うたよりも寂しい。いや、思うたよりも退屈なところよな」
「ま! お声までが悲しそうに! ――どうしたらよいのでござりましょう。どうしたら、どうしたらそれがお癒《なお》り遊ばしますのでござりましょう」
 言っているとき、慌《あわ》ただしく表門を叩いて、何ごとかうろたえながら訴える声が伝わりました。
「お願いでごぜえます! お開け下さいまし! 早乙女のお殿様が御帰りときいて駈け
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