。金的! 見ねえ! 見ねえ! 長割下水《ながわりげすい》のお殿様だ。傷の御前様が御帰りだぜ」
「違げえねえ。相変らずのっしのっしと頼もしい恰好をしていらっしゃるな。京へ上ったとかエゾへ下ったとかいろいろの噂があったが、もう御帰りになったと見えるな。六月前までや毎晩ここでお目にかかった御殿様だ。急に五丁町が活気づいて来やがったね」
言う下から、あちらの街々、こちらの街々に、勃然《ぼつぜん》として活気づいたその声が揚がりました。
「ま! 見なんし! 見なんし! 豆菊《まめぎく》さん! 蝶々さん! お半さん! 殿様が御帰りでござんす! 早乙女の御前様が御帰りでありんすよ!」
「どこに! どこに! ま!……」
「やっぱりすうっと胸のすくような傷痕をしてでござんすな。今宵からまたみなさん気の揉める方がお出来でありんしょう。――わちきも水がほしゅうなりました」
呼ぶ声、言う声、いずれもひそかな恋を隠した渇仰の声です。――また無理もない。旅に出る前までは、まる三カ年間、夜ごと宵々ごとに五丁町のこうしたそぞろ歩きを欠かしたことのない主水之介でした。その早乙女の退屈男が半年ぶりにふうわりとまた天降《
前へ
次へ
全44ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング