水心なく風また寒し。遙かに華街《かがい》の灯りを望んでわが胸独り寥々……」
 微吟《びぎん》しながら行くうしろ影の淋しさ。主水之介またつねにわびしく寂しい男です。――だが、行きついたその吉原は、灯影《ほかげ》に艶《なま》めかしい口説《くぜつ》の花が咲いて、人の足、脂粉の香り、見るからに浮き浮きと気も浮き立つような華やかさでした。
「九重《ここのえ》さん」
「何ざます?」
「御大尽がもうさき程からやかましいことをおっしゃってお待ち兼ねですよ」
「いやらしい。そう言ってくんなんし。わちきにも真夫《まぶ》のひとりや二人はござんす。ゆっくり会うてから参りますと、そう言ってくんなんし」
「ちえッ。のぼせていやがらあ」
 聞いて、つッかけ草履の江戸ッ児がっているのが、うしろの連れをふりかえりながら悲憤糠慨《ひふんこうがい》して言った。
「きいたか。金の字! 真夫だとよ。あの御面相できいて呆れらあ。当節の女はつけ上がっていけねえよ」
 その出会いがしらに、にょっきりとそこの町角から降って湧いたように姿を見せたは、傷の早乙女主水之介です。ちらりと認めてつッかけ草履がおどろいたように言いました。
「おい
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