変な御心配で、あっしごとき者をもたったひとりの力と頼りにしておくんなせえましたんですが、悲しいことには向うは兎も角も道場の主《あるじ》なんです。いくらあッしが掛け合いにいっても、打つ、殴る、蹴るの散々な目に会わせるだけで、一|向《こう》埓《らち》が明かねえんでごぜえますよ。いいえ、命はね、決して惜しくねえんです。あッしとても人から男達《おとこだて》だの町奴《まちやっこ》だのとかれこれ言われて、仮りにも侠気《おとこぎ》を看板にこんなやくざ稼業をしておって見れば、決して死ぬのを恐ろしいとも怖いとも命に未練はねえんですが、身体を投げ出して掛け合いにいって、斬り死してみたところで、肝腎の道場のその秘密を嗅ぎ出さずに命を落してしまったんでは結句犬死なんです。ひょっくり上方からやって来た工合から言っても、人夫を入れて変な真似をするあたりから察しても、どうやらあいつ只の鼠じゃねえと思いますんでね。なまじあッしなぞが飛び出すよりも、こういうことこそお殿様が肝馴《きもな》らしには打ってつけと存じまして、実あ首長くしながら毎日々々お帰りをお待ち申していたんでごぜえますよ」
「なるほど喃。話の模様から察する
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