と仕栄《しば》えがあると申すものじゃ、では早速に参ろうぞ。京弥! 京弥!」
ずいと大刀引き寄せながら、呼び招いたのは愛妹菊路の思い人京弥でした。
「そちも聞いたであろう。退屈払いが天から降って参った。吉原へも挨拶に参るものよ喃。そちらの雲行はどんな容子ぞ」
「は?」
「分らぬか。二人者はこういう折に兎角手数がかかってならぬと申すのじゃ。許しがあらばそちにも肝馴らしさせて得さするが、菊の雲行はどんなぞよ」
「またそのような御戯談ばッかり。菊どのもお聞きなさいまして、只今とくと手前に申されましてござります。御兄様の御気が霽《は》れます事なら、怪我をせぬように、御無事で帰るように行って来て下さりませと、このように申されましてでござりますゆえ、どこへでもお伴致しまするでござります」
「ウフフ。陰にこもったことを申しておるな。怪我をせぬように、御無事で帰るようにとは、ほんのりとキナ臭い匂いが致して、兄ながら只ではききずてならぬ申し条じゃ。では、※[#「※」は「勹」の中に「夕」、第3水準1−14−76、277−上−2]々《そうそう》に乗り物の用意せい」
すっくと立ち上がったのを、
「いえ、あの、ちょッとお待ち下せえまし」
慌てて何か不安げに呼びとめたのは峠なしの権次でした。
「御出かけ遊ばしますのは、御二人きりなんでごぜえますか」
「元よりそちも一緒じゃ。今になって怖《お》じ毛《け》ついたか」
「どう仕りまして。ここらが峠なしの権次、命の棄て頃と存じますゆえ、一緒に来るなとおっしゃいましても露払いに参る覚悟でごぜえますが、三人きりでは少うし――」
「少し何じゃ。門弟共の数でもが多いゆえ、三人きりでは人手不足じゃと申すか」
「いいえ、弟子や門人達なら、三十人おろうと五十人おろうと、殿様のその眉間傷が一つあったら結構でごぜえますが、道場主番五郎のうしろ楯《だて》にちょッと気になるお方がおいでのようでごぜえますゆえ、うっかり乗り込んで参りましたら、いかな早乙女の御前様でも事が面倒になりやしねえかと思うんでごぜえます」
「ほほう、番五郎の黒幕にまだそのような太夫元《たゆうもと》がおると申すか。気になるお方とやら申すは一体何ものじゃ」
「勿論御名を申しあげたら御存じでごぜえましょうが、いつぞや大阪御城の分銅流《ふんどうなが》し騒動でやかましかった、竜造寺長門守《りゅうぞうじながとの
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