をかくし、姿をかくして、どこの何者か知られぬためには勿怪《もっけ》もない宵闇なのです。
「身共もお供仕る。そろそろ参りましょうぞ」
「待たッしゃい。待たッしゃい。こういう事は威厳をつけぬと兎角利き目が薄いでな。装束を着けて参ろうわい」
 沼田正守はなかなかに人を喰った変り者でした。物々しい神主の表装束に着け替えるのを待ちうけて、二人はただちにあとを追いかけました。――道は八丁あまり。
 うしろに嶮しい山を控えて、屋敷はさすがに知行高二千八百石の名に恥じない御陣屋風の広大もない構えでした。
「おう、御手柄じゃ。御手柄じゃ。手もなく曳いて参ったようじゃな。みなで何名じゃ」
「五十七名でござります」
「左様か、不埓な奴らめがッ。百姓下民の分際《ぶんざい》で、領主に逆らい事致すとは何ごとじゃッ。生かすも気まま、殺すも気まま、その方共百姓領民は、当知行所二千八百石に添え物として頂いた虫けらじゃ。不埒者達めがッ。明朝ゆるゆる成敗してつかわそうゆえ、見せしめのために、ひとり残らずくくしあげて、今宵ひと夜、この庭先で雨曝《あまざ》らしにさせい」
 ぴったり閉め切った門の中で、声も威丈高に罵っているのは
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