《ちおと》も立てぬという代物《しろもの》じゃ。鯛ならば赤徳鯛《あかほだい》、最中《もなか》ならトラヤのつぶし餡[#「餡」は底本では「(餉−向)+(稻−禾)、第4水準2−92−68」]と誤植]、舌の奥にとろりと甘すぎず渋すぎず程のよい味が残ろうという奴じゃ。お気に召したかな」
「大気《おおき》に入りじゃ。御身分柄は何でおじゃる」
「傷の早乙女主水之介と綽名《あだな》の直参旗本じゃ」
「なにッ、何だと!」
「のめせ! のめせ!」
「それきいちゃもう我慢が出来ねえんだ。こいつも同じ旗本だとよう! のめせ! のめせ! 叩きのめせ!」
 はしなくも名乗った旗本の一語をきくや、手を引いていた農民達が、再びわッと犇《ひし》めき立つと、不審な怒気を爆発させながら、揉合い押合ってまたバラバラと石つぶての襲撃を始めました。然しその刹那、必死に手をふってこれを御したのは老神主です。
「またッしゃい! 待たッしゃい! 旗本は旗本でも、この旗本ちと品が違うようじゃ! 投げてはならぬ。鎮《しず》まらッしゃい! 鎮まらッしゃい!」
「でも、同じ旗本ならおいらはみな憎いんだ。うちの御領主様もその旗本なればこそ、お直参
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