す。
 だが退屈男だけに、そのふわりふわりの膝栗毛が、何ともかとも言いようのない膝栗毛でした。
「ウフフ……。木があるな」
 山道であるから木があったとて不思議はないのに、さもさも珍しげに打ち眺めては、しみじみと感に入りながら、またふわりふわりとやって行くのです。行ったかと思うと、
「雲茫々、山茫々、蕭条《しょうじょう》として秋深く、道また遙かなり……」
 口ずさんでは立ち止まり、立ち止まっては谷をのぞき、のぞいてはまた歩き、歩いてはまた立ち止まって、風のごとく、靄《もや》のごとくに、ふわりふわりとさ迷いつつ行くあたり、得も言い難い仙骨が漂って、やはりどことはなしに千二百石直参旗本の気品と気慨の偲ばれる膝栗毛ぶりでした。――行く程に川があって水が見える。大谷川《だいやがわ》です。その水に夕陽が散って、しいんとしみ入るように山気が冷たく、風もないのにハラハラと紅葉が舞って散って、何とはなしに自ら心よい涙がにじみ流るるようなすてきな晩秋だったが、山気のしんしんと冷える按配、流れの冴えてしみ入るように澄んで見える按配、どうやらあしたの朝は深い霜が降りそうな気配でした。
 だから、チョッピイヒ
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