ながら、不審なその鳥刺しを突然叱りつけた罵声《ばせい》が、そこの森の中の社務所と覚《おぼ》しきあたりから挙りました。――ひょいと見ると、これがまた常人ではない。ふさふさした長い白髯《はくぜん》を神々しく顔になびかせて、ひと目にそれと見える神官なのです。いや、神主だったことに不思議はないが、意外だったのはその年齢でした。叱った声のけたたましさから察すると、恐らく四十か五十位のまだ充分この世に未練のありそうな男盛りだろうと思われたのに、もう九十近い痩躯鶴のごとき灰汁《あく》の抜けた老体なのでした。しかも、その灰汁の抜け工合の程のよさ! 骨身のあたりカラカラと香ばしく枯れ切って、抜けるだけの脂は悉《ことごと》く抜け切り、古色蒼然、どことはなく神寂《かんさ》びた老体なのです。
「ウフフ、犬も歩けば棒に当るじゃ。ゆるゆる見物致すかな」
 のっそり近寄っていったのを知ってか知らずか、老神官は翁《おうき》の面のような顔に、灰汁ぬけした怒気を漲らしながら、なおけたたましく鳥刺しをきめつけました。
「何じゃい。何じゃい。まだ失せおらぬかッ。老人と思うて侮《あなど》らば当が違うぞ。行かッしゃいッ。行かッしゃいッ、行けと申すになぜ行かぬかッ」
「でも、あの……いいえ、あの、どうも、相済みませぬ。ついその、あの、何でござりますゆえ、ついその……」
 ぺこぺこしながら鳥刺しがまた、声までも細々と蚊のような声を出して、言葉もしどろもどろに一向はきはきとしないのです。
「実はあの……、いいえ、あの、重々わるいこととは存じておりますが、ついその、あの何でござります。せめて、あの……」
「せめてあの何じゃい!」
「五ツか六ツ刺さないことには、晩のおまんまにもありつけませんので、かようにまごまごしているのでござります。何ともはや相済みませぬ。どうぞ御見逃し下さいまし……」
「嘘吐かッしゃいッ。刺さねばおまんまにありつけない程ならば、あれをみい、あれをみい、あちらにも、こちらの畠にも、あの通り沢山いるゆえ、ほしいだけ捕ればよい筈じゃ。それを何じゃい、刺しもせずに竿を持ってうろうろと垣のぞき致して、当御社《とうみやしろ》のどこに不審があるのじゃ。行かッしゃい! 行かッしゃい! 行けばよいのじゃ。とっとと消えて失くならッしゃい」
「御尤もでござります。おっしゃることは重々御尤もでござりまするが、実はその、あ
前へ 次へ
全29ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング