の、何でござります。わたくし、ついきのうからこの刺し屋を始めましたばかりでござりますゆえ、なかなかその思うように刺せんのでござります。それゆえあの、ついその……」
「こやつ、わしを老人と見て侮っておるな! ようし! それならば消えて失くなるようにお禁厭《まじない》してやるわ。そこ退《の》くなッ」
 よぼよぼしながら社務所の内へとって帰ったかと見えたが、程たたぬまに携《たずさ》えて帰って来たひと品は、おどろく事に六尺塗り柄の穂尖も氷と見える短槍でした。リュウリュウと麻幹《おがら》のごとく見事にしごいて、白髯たなびく古木の面に殺気を漂よわながら、エイッとばかり気合もろ共鳥刺しの面前にくり出すと、
「小僧ッ、これでも消えぬかッ」
 すべてが全くすさまじい変化でした。足腰のしゃんと立ったのは言うまでもないこと、声までがしいんと骨身にしみ透るように冴え渡って、手の内がまた免許皆伝以上、しかも流儀は短槍にその秘手ありと人に知られた青江信濃守のその青江流なのです。
「ほほう、老人、なかなか味をやりおるな」
 何かは知らぬが事ここに及んでは、もう退屈男もゆるゆると高見の見物ばかりしていられなくなりました。不審な鳥刺しの身辺に漂う疑惑は二の次として、弱きに味方し、強きに当る早乙女主水之介のつねに変らぬ旗本気ッ腑は、人も許し天下も許す自慢の江戸魂でした。ましてや穏かならぬ真槍がくり出されるに至っては、あれが啼くのです、しきりと、あの眉間傷が夕啼きを仕出したのです。――のっそり木蔭から現れて、すいすいと足早に近よりながら、血色もないもののように青ざめている鳥刺しの手元から、黙って静かにトリモチ竿を奪いとると、
「御老体、なかなか御出来でござるな」
 ウフフとばかり軽く打ち笑いながら、ふうわり鳥竿を神官の目の前に突き出して、いとも朗かに言いました。
「いかがでござるな。退屈の折柄丁度よいお対手じゃ。この構え、少しは槍の法に適《かな》っておりまするかな」
「なにッ?――何じゃい! 何じゃい! 見かけぬ奴が不意におかしなところから迷って出おって、貴公は、一体何者じゃ!」
「身共でござるか。身共はな、ウフフフ、ご覧の通りの風来坊よ。いかがでござるな。青江流とはまたちと流儀違いでござるが、少々は身共も槍の手筋を学んでじゃ。退屈払いに二三合程お対手仕《あいてつかまつ》るかな」
 ウフフ、また軽く笑っ
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