として駈け出そうとした老神主を静かに呼びとめると、早乙女主水之介なかなかに兵法家でした。
「百姓共を悦ばすはよいが、十郎次と身共面識があるだけに、懲《こ》らしめる方法をちと工夫せずばなるまい。十一人とやらの女子供はいずれもみな一室に閉じこめて見張り中でござろうな」
「見張りどころか、まるで屋敷牢でござりますわい。しかもじゃ、十郎次の助の字、掠《かす》めとった女子供《おんなこども》はいずれも裸形にしてな、夜な夜な酒宴の慰みにしているとやらいう噂ゆえ、百姓達が殺気立って参ったは当り前でおじゃりますわい」
「いかさまのう。聞いただけでも眉間傷が疼々《うずうず》と致して参った。しかし、事は先ず女共を無事に救い出すが第一じゃ。いきなり身共が乗り込んで参らば面識ある者だけに、十郎次、罪のあばかれるのを恐れて女共を害《あや》めるやも知れぬゆえ、それが何よりの気懸りじゃ。二つにはまたわるい病の根絶やしすることも必要じゃ。今は身共の力で懲《こ》らしめる事は出来ても、この先たびたび病気が再発するようならば、仏作って魂入れずも同然ゆえ、利きのいい薬一服盛ってつかわしましょうぞ。百姓共のうちに足の早い者二三人おりませぬか」
「おる段ではない。何にお使い召さる御所存じゃ」
「江戸への飛脚じゃ。おらば屈強な者を二人程御連れ願えぬか」
「心得申した。すぐさま選りすぐって参りましょうわい」
 まもなくそこへ見るからに精悍《せいかん》そうな若者が伴われて来たのを待たしておくと、さらさらと書き流したのは次のごとき一書でした。

 主水之介至極無事息災じゃ。旅は江戸よりずんと面白いぞ。さて、そなたに火急の用あり。飛脚に立てたるこの者共を道案内に、宿継《しゅくつ》ぎの早駕籠にて早々当地へ参らるべし、お待ち申す。
[#下げて、地より2字あきで]疵の兄より
   菊路どのへ

 不思議です。いかなる策を取ろうというのか。飛脚の送り主は愛妹菊路でした。あの美男小姓霧島京弥にその愛撫をまかせて、るす中存分に楽しめと言わぬばかりに粋な捌《さば》きを残しながら江戸の屋敷を守らせておいた、あの妹菊路なのです。
「すぐ行け。ほら、路銀じゃ。二十両あらば充分であろう。夜通し参って、夜通し連れて参るよう、金に絲目をつけず手配せい」
 その場に発足《ほっそく》させておくと、老神主に伝えさせました。
「鳴りを鎮めて容子を窺うこと
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