が上策じゃ。一揆は国の御法度、ひとりなりとも罪に問わるる者があっては身共が折角の助力も水の泡ゆえ、その旨《むね》百姓共にとくと言いきかせて、すぐさま引き揚げるよう御伝えさッしゃい」
 心得たとばかり駈け出そうとしたその刹那! わッと言うけたたましい喊声《かんせい》が挙ると同時に、何事か容易ならぬ椿事でもが勃発したらしく、突然バタバタと駈け違う物々しい人の足音が、社殿のうしろから伝わりました。いや、それと一緒です。ざんばら髪に、色青ざめた農民のひとりが社務所の中へ駈け込んで来ると、息せき切って伝えました。
「やられました! やられました! あいつめが、あの鳥刺しの奴めが密訴したに違げえねえんです! 御領主様が捕り方を差し向けましたぞッ。一揆の相談するとは不埓な百姓共じゃと怒鳴り散らして、三十人ばかりの一隊が捕って押えに参りましたぞッ」
「なにッ――」
 老神官正守は言うまでもないこと、退屈男も期せずして愕然《がくぜん》と色めき立ちながら、同時に突ッ立ちあがりました。――だが、事に当って泰然自若、つねに思慮分別沈着を失わないのが主水之介のほめていいところです。――押ッ取り刀で今二人が飛び出せば、農民共は気勢を揚げて、争いを大きくするに違いない。大きくすれば味方に怪我人の出るのは言うまでもないこと、捕り手のうちにも殺戮《さつりく》される者が出るに違いない。事、ひとたび流血沙汰に及んだとすれば、農民達にいか程正義正当の理由があったにしても、士農工商、階級の相違、権力の相違が片手落ちならぬ片手落ちの裁きをうけて、結局悲しい処罰をうけねばならぬ者は、正しいその農民達なのです。――途は一つ! 只一つ! 事を荒立てないで、怪我人も出さず、科人《とがにん》も作らず、未然にすべてを防ぐ手段《てだて》を講ずる以外には何ものもないのです。しかも事実は、談合協議こそしていたが、まだ一揆の行動に移ったわけではないのでした。いかにすべきか? ――考えているその目のうちに、はしなくもちらりと映ったものは、床の間に掛けてあるあの一軸です。
「ウフフ。策はあるものじゃ。待たれよ! 待たれよ! お待ち召されよ!」
 ねじ鉢巻に股立《ももた》ちとって、手馴れの短槍小脇にしながら気色ばんで駈け出そうとした、老神主を鋭ぐ呼びとめると、静かに言ったことでした。
「行ったら危ない。捕らせてやらっしゃい。あとからす
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