風を笠に着て、あんな人でなしのむごい真似をするに違げえねえんだ。やッつけろッ。やッつけろッ、構わねえから叩きのめせッ」
「待たッしゃいと言うたら待たッしゃい! そのように聞き分けがござらぬと、わしはもう力を貸しませぬぞ。物は相談、荒立てずに事が済めばそれに越した事はないのじゃ! 手を引かッしゃい! 手を引かッしゃい! それよりあれじゃ、あれじゃ。あの男を早く!――」
制しておいてひょいとみると、どこにもいない。あのいぶかしい鳥刺しはいつのまにまた消えて失くなったものか、折から迫った夕闇に紛れて巧みに逃げ去ったらしく、影も形も見えないのです。
「小鼠のような奴じゃな。よいよい。いなくばよいゆえ、二度とあいつめを寄せつけぬよう、充分見張りを固めて、静かに待っておらッしゃい、よろしゅうござるか。篝火《かがりび》を焚いたり、鬨《とき》の声を挙げなば引ッ捕えられぬやも知れぬゆえ、鳴りを鎮めていなくばなりませんぞ。――御仁。旅の御仁!」
奇怪から奇怪につづく奇怪に、いぶかしみながら佇んでいる退屈男のところへ歩みよると、老神主沼田正守は言葉も鄭重に誘《いざな》いました。
「貴殿の胆力に惚れてのことじゃ。お力を借りたい一儀がおじゃる。あちらへお越し召さらぬか」
「ほほう、ちと急に雲行がまた変りましたな。借り手がござらば安い高いを申さずにお用立て致すこの傷じゃ。ましてや旗本ゆえに恨みがあると聞いてはすておけぬ。いかにも参りましょうぞ。どこへなと御案内さッしゃい」
導いていったところは社務所の中でした。
三
しかし、この社務所が只の社務所ではないのです。部屋一杯に和漢の書物が所構わず積んであって、その上に骨がある。馬の骨、鹿の角《つの》、人の骨、おシャリコウベ、それから蛇のぬけがら、いずれも不気味な品が雑然と所嫌わずに置いてあるのです。しかも刀剣が八|口《ふり》、槍が三本、鎧が二領、それらの中に交って、老人、医道の心得があるらしく、いく袋かの煎《せん》じ薬と共に、立派な薬味箪笥《やくみだんす》が見えました。
「ウフフ。これは少々恐れ入った。御老体もちと変り種でござりまするな」
変り者たる点に於ては決して人後に落ちる退屈男でないが、これはいかにも大変りでした。胆力双絶の主水之介もいささか呆れ返って、ひょいとそこの床の間に掛けてある軸を見ると、はしなくも目を射た
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