ものは次のごとくに書き流された細《こまか》い文字です。
「予ガ子々孫々誓ッテ守ルベシ、大和田八郎次《オオワダハチロウジ》、病気平癒ノ祈願致セシトコロ、九死ニ一生ヲ得テ幸イニ病魔ノ退散ヲ見タルハ、コレ単《ヒトエ》ニ当豊明権現ノ御加護ニ依ルトコロナリ
 依而《ヨッテ》、予ガ家名ノ続ク限リ永代《エイダイ》、米、年ニ参百俵宛貢納シ、人夫労役ノ要アルトキハ、領内ノ者共何名タリトモ微発《チョウハツ》シテ苦シカラズ、即チ後日ノ為ニ一書ス   領主大和田八郎次※[#丸付きの「印」、233−下−1]――」
「ほほう喃《のう》」
 読み下すと同時に退屈男は、はッとなって意外げにきき尋ねました。
「珍しい一軸じゃ。御老体、当所はそれなる軸に見える大和田家の知行所か」
「左様でおじゃり申す。何やら驚いての御容子じゃが、貴殿大和田殿御一家の方々御知り合いでおじゃりますか」
「知らいで何としょう。それに見える八郎次殿はたしか先々代の筈、当主十郎次は身共同様同じ八万騎のいち人じゃ。それにしても、十郎次どのの所領にめぐりめぐって参ったとは不思議な奇縁でござるな」
 おどろいたのも無理はない。軸に書かれた八郎次の孫なる当代大和田十郎次は、旗本も旗本、石高《こくだか》二千八百石を領する小普請頭《こぶしんがしら》のちゃきちゃきだったからです。しかも事は今、同じそのお直参八万騎の列につながる同輩の所領地に於て、由々敷も容易ならぬ火蓋を切らんとするに至っては、自ら天下御政道隠し目付御意見番を以て任ずる早乙女主水之介の双の目が、らんらん烱々《けいけい》と異様に冴え渡ったのは当然でした。
「騒ぎは何でござる。どうやら百姓共の容子を見れば、一揆でも起しそうな気勢《けはい》でござるが、騒ぎのもとは何でござる」
「それがいやはや、さすがの沼田正守、あきれ申したわい。かりにも御領主どのゆえ、悪《あし》ざまに言うはちと憚《はば》り多いが、それにしても当代十郎次どの、少々あの方がきびしゅうてな」
「きびしいと申すは、年貢《ねんぐ》の取立てでござるか」
「どう仕って、米や俵の取立てがきびしい位なら、まだ我慢が出来申すというものじゃが、あれじゃ、あれじゃ、目篇《めへん》でござるわい」
「目篇とは何でござる」
「目篇に力《か》の字じゃ」
「ウッフフ。わッははは! 左様でござるか。助《すけ》でござるか。助でござるか。助の下は平でご
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