揚自若、只もう見事の二字に尽きるすばらしさでした。いや、これこそはまさしく技《わざ》の冴え、肝《きも》の太さ、胆《たん》の冴えの目に見えぬ威圧に違いないのです。投げては襲い、襲ってはまた投げつけて、必死に挑《いど》みつづけていたが、泰然自若としながら顔色一つ変えぬ主水之介のすさまじい胆力と水際立った技の冴えに、いずれも農民達は知らず知らずに恐怖と威圧を覚えうけたものか、誰から先にとなくじりじりとあとに引いて、石つぶての襲撃もどこから先に止まったともなく止まりました。いや、農民達ばかりではない。ことごとく舌を巻いたらしいのはあの老神官です。呆然自失したように手槍を杖についたまま、じいッと主水之介のすばらしい男前にやや暫し見惚れていたが、のそりのそり近づいて来ると、上から下へじろじろと探るように見眺めながら、ぽつりと言いました。
「貴公、なかなか――」
「何でござる」
「当節珍らしい逸品《いっぴん》でおじゃるな」
「わはは、先ず左様のう。自慢はしとうないが、焼き加減、味加減、出来は少し上等のつもりじゃ。刀剣ならば先ず平安城流でござろうかな。大のたれ、荒匂《あらにお》い、斬り手によっては血音《ちおと》も立てぬという代物《しろもの》じゃ。鯛ならば赤徳鯛《あかほだい》、最中《もなか》ならトラヤのつぶし餡[#「餡」は底本では「(餉−向)+(稻−禾)、第4水準2−92−68」]と誤植]、舌の奥にとろりと甘すぎず渋すぎず程のよい味が残ろうという奴じゃ。お気に召したかな」
「大気《おおき》に入りじゃ。御身分柄は何でおじゃる」
「傷の早乙女主水之介と綽名《あだな》の直参旗本じゃ」
「なにッ、何だと!」
「のめせ! のめせ!」
「それきいちゃもう我慢が出来ねえんだ。こいつも同じ旗本だとよう! のめせ! のめせ! 叩きのめせ!」
 はしなくも名乗った旗本の一語をきくや、手を引いていた農民達が、再びわッと犇《ひし》めき立つと、不審な怒気を爆発させながら、揉合い押合ってまたバラバラと石つぶての襲撃を始めました。然しその刹那、必死に手をふってこれを御したのは老神主です。
「またッしゃい! 待たッしゃい! 旗本は旗本でも、この旗本ちと品が違うようじゃ! 投げてはならぬ。鎮《しず》まらッしゃい! 鎮まらッしゃい!」
「でも、同じ旗本ならおいらはみな憎いんだ。うちの御領主様もその旗本なればこそ、お直参
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