します」
「面白い。伊達侯よりそちの方が喰い物がよろしいと見えてなかなか話せるわ。事起らばなお望むところじゃ。千夜程も逗留してつかわそうぞ。さそくに案内《あない》せい」
 だが、誘《いざ》なっていったその千種屋が、番頭の言葉だとあまり上等ではなかろうと思われたのに、どうしてなかなか容易ならぬ上宿なのです。しかもそこの帳場に居合わした女将《おかみ》なるものがまた穏かでない。年の頃は二十五六。顔から肩、肩から手、身につけている帯紐までがしいんと透き通るような寂しさを湛えて、つつましやかに乳房をのぞかせながら、二つ位のみどり児に愛の露を含ませている容子が、清楚な美しさと言うよりも、変に冷たく冴《さ》え冴《さ》えとして、むしろ不気味な位でした。いやそればかりではなく、退屈男を番頭が案内していったのを見眺めると、ちらりと冷たく目元に不安げな色を浮べて、何か物に脅《おび》えでもしたかのごとくに眉を寄せました。
 だのに番頭がまた奇怪でした。
「大事ない。大事ない。心配するな」
 すぐに応じて言った言葉の横柄さ、ぞんざいなところは、番頭と思いのほかにどうやら主人らしくもあるのです。――退屈男の不審は
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