ぐっと高まりました。
 他国者の武家ばかりをきびしく吟味すると言う不審。
 よその宿はみな恐れをなしているのに、この千種屋ばかりは好んで客とした不審。
 いざなっていった男が只の客引きかと思われたのに、亭主らしい不審。
 その不審な男のひと癖ありげな眼の配り、体の構えの油断なさ。
 そうして年若い女将《おかみ》のしんしんと冷え渡るような寂しさに、今の脅えた面《おも》ざし。
「どうやら火の手はこの家から揚りそうじゃな。のう番頭!」
「は?……」
「いや、こちらのことよ。食物は諸事ずんと贅《ぜい》をつくしてな。なに程|高価《こうじき》なものとても苦しゅうない。充分に用意いたせよ」
 事起らばそれまた一興、不審の雲深ければさらに一興、いっそ退屈払いになってよかろうぞと言わぬばかりに、のっしのっしと通って行くと、不敵な鷹揚《おうよう》さを示して命じました。
「当家第一の座敷がよかろう。上段の間へ案内《あない》せい」
「は。おっしゃりませいでもよく心得てでござります」
 然るに対手は心得ていると言うのです。宿改め身分調べに伊達家家中の面々が押し入って来たら、直参旗本の威権を以て、その上段の間に悠
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