然と陣取りながら、眼下に陪臣共《またものども》を見下《みおろ》して、一喝の下にこれを撃退してやろうと思って命じたのに、亭主とも見え番頭とも思われるその男はさながらに、主水之介の何者であるかもちゃんと知っているかのごとくに、よく心得ていると言うのでした。いや心得ていたばかりではない、極彩色したる一間通しの四本襖に物々しく仕切られた、その上段の間へ導いて行くと、事実何もかも心得ているかのように取り出したのは、綿の十貫目も這入っているのではないかと思われるような緞子造《どんすづく》りの、ふっくらとした褥《しとね》です。それから刀架《とうか》に脇息《きょうそく》――。
「その方なかなかに心利いた奴じゃな。小姓共のおらぬがちと玉に瑾《きず》じゃ。ふっくらいたして、なかなか坐り心地がよいわい」
 気概五十四郡の主を呑むかのごとくに、どっかと座を占めると、何思ったかふいッと命じました。
「板を持てッ。看板に致すのじゃ。何ぞ一枚白木の板を持って参れッ」
 程たたぬまにそこへ命じた白木《しらき》の板が運ばれたのを見すますと、たっぷり筆に墨を含ませて書きも書いたり、奔馬《ほんば》空《くう》を行くがごとき達
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