ったか、僻目《ひがめ》だったか、番頭は人のよさそうな顔つきでにこにこしながら退屈男の傍へ近づいて来ると、物軟かに言いました。
「折角お越しなさいましたのに、宿がのうて御困りでござりましょう。およろしかったら手前のところにどうぞ――」
「………?」
「いえ、あの決して胡乱《うろん》な旅籠ではござりませぬ。遙々御越しなさいました旅のお方が御泊りの宿ものうては、さぞかし御困りと存じまして申すのでござります。およろしかったら手前のところでお宿を致しまするでござります」
 言うのを黙然として退屈男はじッと見守りました。やはり気のせいでもない。僻目《ひがめ》でもない。番頭のまなざしのうちにはたしかに鋭い嶮があるのです。咄嗟のうちにそれを看破った主水之介の眼光も恐るべきだが、しかし男はさらに巧みでした。どう見ても人のよい番頭としか見えぬような、物軟かさでいんぎんに腰を低めながら促しました。
「いかがでござりましょう! お殿様方に御贔屓《ごひいき》願いますのも烏滸《おこ》がましいようなむさくるしい宿でござりまするが、およろしくば御案内致しまするでござります」
「泊るはよい。泊れと申すならば泊ってつかわ
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