がでござりまする」
しきりと慇懃《いんぎん》に揉み手をしながら、天下の御直参もまるで眼中にないもののような容子でした。
「わははは。言葉もズウズウで少し人間放れが致しておるが、旅籠もちと浮世放れ致しおる喃。いやよいわよいわ。泊めぬと申すなら泊める家《うち》まで参ろうぞ。――これよ。そちらの町人! 西田屋の番頭!」
襟に西田屋と染めぬいた隣りの客引きを鷹揚《おうよう》にさし招くと、これもまた一興というように打ち笑みながら呼びかけました。
「そちのところも身共ばかりには、色目一つ使わぬようじゃが、やはり泊めぬと申すか。泊めて見ればこのお客、なかなかによい味が致すぞ。どうじゃ。いち夜泊めて見るか」
「いえ、あの、御勘弁下さいまし。滅相もござりませぬ。どうぞこの次に願いとうござります」
「異なことを申す奴等じゃ喃。わははは。さてはこの眉間《みけん》の疵に顫えておると見ゆるな。よいよい。それならほかをばきいてやろうぞ。――白石屋! 白石屋! そちらの下郎!」
「へえ……!」
「その方のところはどうじゃ。眉間に少し怕《こわ》そうな疵痕があるにはあるが、優しゅうなり出したとならば、女子《おなご》
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