金銭に関わることなら、お直参旗本の極印打った金の茶釜が掃く程もあるのに、目の高かるべき筈の客引き共が、この折紙つきの由々敷上客を見逃すというのは、まことに不思議と言わねばならないことでしたから、退屈男はいぶかしく思って番頭のひとりのところへのっそり近づくと、
「のう、こりゃ下郎!」
 ジロリとやって貫禄豊かに、のうこりゃ下郎、とやりました。海越え山越え坂越えて、奥州仙台陸奥のズウズウ国までやって来ても、自ずと言うことが大きいから敵《かな》わないのです。
「のう、こりゃ下郎!」
「………?」
「下郎と申すに聞えぬか。のう、これよ町人!」
「へ?……」
「へではない、なぜ身共ばかりを袖にするぞ? いずれはどこぞへ一宿せねばならぬ旅の身じゃ。可愛がると申さば泊ってつかわすぞ」
「えへへ。御笑談《ごじょうだん》で……。御縁がありましたらどうぞ。――あのもスもス! 商人衆《あきんどしゅう》!」
 対手にもせずに退屈男を鼻であしらっておいて、碌でもなさそうな商人達が通りかかったのを見かけると、
「お泊りはいかがでござります。堅いがズ慢の宿でござります。御相宿《おあいやど》なら半値に致スまするがいか
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