今こそまことに冴え冴えと冴えやかに冴えまさったあの眉間|傷《きず》に、凄婉《せいえん》な笑みを泛《うか》べつつ、ずいと前なるひとりにつめよろうとした刹那! ばたばたと慌ただしげに駈け近づいて来た足音があったかと思うまもなく、矢場の向う横から呼び叫んだ声がありました。
「お願いでござります! 御前様! 早乙女のお殿様! お願いでござります! お願いでござります!」
四
声は誰でもない千種屋のあの青白く冷たい、秋時雨《あきしぐれ》のような若女房でした。女将《おかみ》は、その冷たく青白い面を、恐怖に一層青めながら、愛児を必死に小脇へかかえて、凝然《ぎょうぜん》とおどろき怪しんでいる黒白隊の間をかいくぐりつつ、退屈男のところへ駈け近づくと、おろおろとすがりついて訴えました。
「お願いでござります! 夫が、夫が大変でござります。御力お貸し下されませ! お願いでござります!」
「……!?」
「夫が、夫が、早乙女のお殿様へ早うお伝えせいと申しましたゆえ、おすがりに参ったのでござります。今、只今、宿の表で捕り方に囲まれ、その身も危《あやう》いのでござります。お助け下さりませ。お願い
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