すよ」
 声をかけて、矢場主《やばぬし》が出て来たのを見迎えると、宿の男が何かこそこそと囁いていましたが、――刹那、姿を見せた五十がらみのでっぷりとしたその矢場主の目の底に、きらり、鋭く光った光りの動きが見えました。しかもその体の構え、ひと癖ありげな眼の配り。――あれです。あれです。奇怪な番頭が前夜主水之介を呼びかけたとき、ちらりと見せたあの同じ鋭い眼光なのです。
 だが、それと退屈男が見てとったのは束の間でした。奇怪な宿の男が、殊更に腰低く会釈しながら、自分の用はこれでもう足りたと言うように、足早く立ち去ったのを見すますと、その名を英膳と呼ばれた第二の謎の矢場主は、いかにも弓術達者の武芸者といった足取りでにこやかに近づきながら、主水之介ならぬ尾行者達に対《むか》って、不意に呼びかけました。
「丁度よいところへお越しで何よりにござります。今日は当大弓場が矢開き致しましてから満四カ年目の当り日でござりますゆえ、いつもの通り、諸公方に御競射を願い、十本落ち矢なく射通したお方を首座に、次々と順位を定め、いささかばかりの心祝いの引き出物を御景品に進上致しとうござるが、いかがでござりましょう。こ
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