「こやつ、ぬらりくらりとした事を申して、とんと鯰《なまず》のような奴よ喃。退屈なればこそ、このように触れ看板も致したのじゃ。るす中に誰も参らぬか。どうぞよ」
「は、折角ながら――。それゆえおよろしくばその御眉間疵にひと供養《くよう》――。いえ御退屈凌ぎにはまたとないところがござりますゆえ、およろしくば御案内致しまするでござります」
「奥歯に物の挟まったようなことを申しおるな。面白い。どこへなと参ろうぞ。つれて行けい」
 愈々奇怪と言うのほかはない。おびき出して危地にでも陥し入れようと言うつもりからか、それとも他に何ぞ容易ならぬ計画でもあるのか突然宿の男はにったりと笑うと、退屈凌ぎに恰好な場所へ案内しようと言うのです。――出ると同時のように、あちらから二人、こちらから三人、全部では二十名近くの面々が、いずれも異常な緊張を示してにょきにょきと姿を現しながら、互いに目交《めま》ぜをしつつ、再び退屈男のあとをつけ始めました。
 それらの尾行者達をうしろに随えながら、胸にいちもつありげな宿の男が、やがて主水之介を導いていったところは、あまり遠くもない裏通りの大弓場です。
「英膳先生、御来客で
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