れから宵にかけては心気も澄んで丁度|射頃《いごろ》、御よろしくばすぐ様支度にかかりまするが、いかがでござります」
 不思議な言葉でした。なにから何までがおよそ不審なことばかりです。
 この大弓場にどんな退屈払いがあると言うのか?
 競射をさせて、何を一体どうしようと言うのか?
 いぶかっている退屈男の方をじろりじろりと流し目に見眺めながら、矢場主英膳がやがてそこに取り出したのは、それらを引き出物の景物にするらしく、先ず第一に太刀がひと口《ふり》、つづいて小脇差が二腰、飾り巻の弓が三張り、それに南蛮鉄《なんばんてつ》の鉄扇五挺を加えて都合十一品でした。
 いずれも水引奉書に飾り立てた品々が、ずらずらとそこに並べられたのを見眺めると、胡散げに退屈男を遠巻きにしながら監視していた若侍の面々が、期せずしてざわざわとざわめき立ちました。――と見るやまもなく、つかつかと列を割って出て来たのは、一見尾行隊の隊長と覚しき分別ありげな三十がらみの藩士です。
「よし、引こう! 引いてやろうよ」
「ならば拙者も――」
 言い難い誘惑だったに違いない。それをきっかけに二人三人とつづいてあとから列を割って進み出
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