トナルベキ荒事《アラゴト》ナラバ何ナリトモ御相談ニ応ズベク候間、遠慮ノウ当館《トウヤカタ》ヘ申出デ可然候《シカルベクソロ》。但シ金銭謝礼ハ一切無用之事」

「わははは。これでよいこれでよい。この大網ならば夕刻あたりまでに、小鰯の一匹位かかろうわい。そのまにゆるゆる御城下見物でも致して参ろうぞ。女! 遠慮のうこの看板、元のところへ立て掛けい」
 言いすてておくと、大刀をずっしりと腰にしながら、ふらりふらりと城下の街に現れました。
 秋!……
 秋!……
 そぞろ、悲しい秋の声! 秋の色! そうして秋の心!
 颯々として背を吹きなでるその初秋のわびしい街風をあびながら、風来坊の退屈男は飄々乎《ひょうひょうこ》としてどこというあてもなくさ迷いました。
 人が通る……。
 馬が通る……。
 犬と駕籠が連れ立って駈けすぎました。何の不思議もないことでしたが、しかし通りすぎていった人の顔に、通りすぎていった馬の蹄に、犬にも駕籠にも沈鬱《ちんうつ》と言うか、緊張と言うか、言いがたい重苦しさが見えるのです。
 ――嵐の前の不気味な静寂!
 ――危機を孕《はら》んだ暗い殺気!
 いや静寂ばかりではない。
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