夜のあのいぶかしい若者ならで、ちまちまッとした小女《こおんな》でした。
「そちではない。ゆうべの番頭はどこへいった」
「あの……」
「怕《こわ》がらいでもよい。番頭に用があるのじゃ! どこへ参った」
「ゆうべからずッとどこぞへ出かけまして、まだ帰りませぬ」
「なにッ、……異なことを申すな。あの男、時折夜遊びでも致すのか」
「いえあの、この頃になりまして、どこへ参りますやら、ちょくちょく家をあけまするようでござります」
「ほほう喃。だんだんと不思議なことが重なって参ったようじゃな。いや、よいわよいわ。掛り役人共とやらも番頭も何を致しおるか存ぜぬが、長引くだけにいっそ楽しみじゃ。ならば一つ身共も悪戯《いたずら》してつかわそうぞ。ゆうべのあの看板を今一度ここへはずして参れ」
 小女《こおんな》に持参させると、前夜自ら筆をとりながら、直参旗本早乙女主水之介様御宿と書きしたためたその隣りへもっていって、墨痕あざやかに書き加えた文句というものが、また大胆というか、不敵というか、実になんとも言いようがない程に痛快至極でした。

「喧嘩口論、悪人成敗、命ノヤリトリ、白刄《シラハ》クグリ、ヨロズ退屈凌ギ
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