わるくないのです。ないところから、のっしのっしと浜街道を十三里ひと日にのし切って、群《むれ》なす旅人の影に交りながら、ふらりふらりとお城下目ざして原ノ町口に姿を現しました。
 陸奥路《むつじ》は丁度夏草盛り。
 しかし陸奥《みちのく》ゆえに、夏草の上を掠《かす》めて夕陽を縫いながら吹き渡る風には、すでに荒涼《こうりょう》として秋の心がありました。――背に吹くや五十四郡の秋の風、と、のちの人に詠《よ》まれた、その秋の風です。
 城下に這入って、釈迦堂脇《しゃかどうわき》から二十人町、名掛町《なかけまち》と通り過ぎてしまえば、独眼竜伊達《どくがんりゅうだて》の政宗《まさむね》が世にありし日、恐るべきその片眼を以て奥地のこの一角から、雄心勃々として天下の風雲をのぞみつつ、遙かに日之本六十余州を睥睨《へいげい》していたと伝えられる、不落難攻の青葉城は、その天守までがひと目でした。町もまたここから急に広く、繁華もまた城下第一と見え、随って旅人の群も虫の灯《ひ》に集るごとくに自ずと集《つど》うらしく、両側は殆んど軒並と言っていい程の旅籠屋《はたごや》ばかりです。
 だから旅籠の客引きが、ここを先途
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