は束の間、――ふらりふらりと歩き出すと、影を追う影のごとくに、にょきにょきとまたいずれからか姿を現して尾行し始めました。
 右に廻れば右に廻り、左に廻ればうしろの影もまた左に追って、奇怪な尾行者を随えながら、のっしのっしとさしかかったのが青葉城大手前の大橋――。そこから宿のある伝馬町までへは、大町通りの広い町筋をまっすぐに一本道です。いつのまにか落ちかかった夕陽をまともに浴びながら、その通りをなおも悠然と行く程に、尾行の藩士達はだんだんと数を増して、八人が十人となり、十人が十三人となり、やがて全部では十七八人の一団となりました。しかも、いった先いった先で、伝令らしいものが栗鼠《りす》のごとくに駈け近づくと、何か尾行者に囁きながら、そのたびに尾行の藩士達が色めき立って、刻々に穏かならぬ気勢が高まりました。
 何かは知らぬが、およそ不思議というのほかはない。謎を秘めたあの番頭が、ゆうべから姿を消したというのも不審の種です。それに関わりがあるのかないのか、宿改めの係りの役人達が姿を見せないのも大いに奇怪です。あまつさえ、城下の町々は物情騒然としているのでした。その上に何のためにか何の目的あってか、見えつ隠れつ次第に数を増して、それも血気ざかりの屈強そうな若侍達ばかりが、行く方動く方へと尾行するのです。だが、退屈男は実に不敵でした。刻一刻に高まる殺気を却って楽しむかのように、ふらりふらりと帰っていったのは宿の千種屋――。
 ふと見るとその辺にも、夕陽の散り敷く町角の彼方此方に七八人の影がちらと動きました。
「ほほう、大分御念入りな御見張りじゃな。この分ならば、あの触れ看板にも二三匹何ぞ大物がかかっているやも知れぬ。――亭主! 亭主! いや番頭!」
 ずいと這入った出合い頭《がしら》――、不気味ににっこり笑って奥から姿を見せたのは、いつのまに帰って来たのか前夜のあの謎を秘めた若者です。
「御かえりなさいまし。御遊行でござりましたか」
「遊行なぞと気取った事を申しおるな。番頭風情が心得おる言葉ではなかろうぞ。そちこそゆうべからいずれを泳ぎおった」
「恐れ入ります。えへへへへへ。ちと粋《いき》すじな向きでござりましてな。殿様も大分御退屈のようでござりまするな」
「退屈なら何といたした。身共にもゆうべのその粋筋な向きとやらを、一人二人世話すると申すか」
「御所望でござりましたら――」
「こやつ、ぬらりくらりとした事を申して、とんと鯰《なまず》のような奴よ喃。退屈なればこそ、このように触れ看板も致したのじゃ。るす中に誰も参らぬか。どうぞよ」
「は、折角ながら――。それゆえおよろしくばその御眉間疵にひと供養《くよう》――。いえ御退屈凌ぎにはまたとないところがござりますゆえ、およろしくば御案内致しまするでござります」
「奥歯に物の挟まったようなことを申しおるな。面白い。どこへなと参ろうぞ。つれて行けい」
 愈々奇怪と言うのほかはない。おびき出して危地にでも陥し入れようと言うつもりからか、それとも他に何ぞ容易ならぬ計画でもあるのか突然宿の男はにったりと笑うと、退屈凌ぎに恰好な場所へ案内しようと言うのです。――出ると同時のように、あちらから二人、こちらから三人、全部では二十名近くの面々が、いずれも異常な緊張を示してにょきにょきと姿を現しながら、互いに目交《めま》ぜをしつつ、再び退屈男のあとをつけ始めました。
 それらの尾行者達をうしろに随えながら、胸にいちもつありげな宿の男が、やがて主水之介を導いていったところは、あまり遠くもない裏通りの大弓場です。
「英膳先生、御来客ですよ」
 声をかけて、矢場主《やばぬし》が出て来たのを見迎えると、宿の男が何かこそこそと囁いていましたが、――刹那、姿を見せた五十がらみのでっぷりとしたその矢場主の目の底に、きらり、鋭く光った光りの動きが見えました。しかもその体の構え、ひと癖ありげな眼の配り。――あれです。あれです。奇怪な番頭が前夜主水之介を呼びかけたとき、ちらりと見せたあの同じ鋭い眼光なのです。
 だが、それと退屈男が見てとったのは束の間でした。奇怪な宿の男が、殊更に腰低く会釈しながら、自分の用はこれでもう足りたと言うように、足早く立ち去ったのを見すますと、その名を英膳と呼ばれた第二の謎の矢場主は、いかにも弓術達者の武芸者といった足取りでにこやかに近づきながら、主水之介ならぬ尾行者達に対《むか》って、不意に呼びかけました。
「丁度よいところへお越しで何よりにござります。今日は当大弓場が矢開き致しましてから満四カ年目の当り日でござりますゆえ、いつもの通り、諸公方に御競射を願い、十本落ち矢なく射通したお方を首座に、次々と順位を定め、いささかばかりの心祝いの引き出物を御景品に進上致しとうござるが、いかがでござりましょう。こ
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