素姓かくす手段《てだて》であったろうがッ。どうじゃどうじゃ! まだ四の五の申さるるかッ」
「ウフフフ、左様か左様か。笑止よ喃。あれまでもその方共には尾花の幽霊に映りおったか。あれはな、そら見い、この眉間疵よ。退屈致すと時折りこれが夜啼きを致すゆえ、疵供養にと寄進者の御越しを待ったのじゃ。慌てるばかりが能ではなかろうぞ。もそッと目の肥えるよう八ツ目鰻なとうんとたべい」
「申したなッ。ならばなにゆえ胡散《うさん》げに市中をさ迷いおった。それも疑いかかった第三の証拠じゃ。いいや、それのみではない。今のひと癖ありげな弓の手の内といい、なにからなにまでみな疑わしい所業ばかりじゃ。もうこの上は吟味無用、故なくして隠密に這入ったものは召捕り成敗勝手の掟じゃ、じたばたせずと潔よう縛《ばく》に就けいッ」
「わッははは。さてさて慌てもの達よ喃。道理でうるさくあとをつけおったか。馬鹿者共めがッ。頭が高い! 控えおろうぞ! 陪臣《またもの》の分際《ぶんざい》以《もっ》て縛につけとは何を申すかッ。それとも参らばこの傷じゃ。幸いの夕啼き時刻、江戸で鳴らしたこの三日月傷が鼠呼きして飛んで参るぞッ」
「申すなッ、申すなッ。広言申すなッ。陪臣呼ばわりが片腹痛いわッ。われらは捕って押えるが役目じゃッ。申し開きはあとにせいッ。それッ各々! 御かかり召されッ」
 下知《げち》と共に笑止や仙台藩士、わが退屈旗本早乙女主水之介を飽くまでも隠密と疑い信じて、今ぞ重なる秘密と謎を割りながら、さッと競いかかりました。しかし笑止ながらもその陣立て陣形はさすがに見事、兵家のいわゆる黒白構《こくびゃくがま》え、半刀半手の搦《から》め捕りという奴です。即ち、その半数を抜いて払って半数は無手の居捕り、左右にパッと分れながら、じりじりと詰めよりました。
 だのに、今なお気味わるく不審なのはあの矢場主英膳です。敵か味方か、味方か敵か、おのが道場に今や血の雨が降らんとするのに、一向おどろいた気色《けしき》も見せず、何がうれしいのかにやりにやりと薄笑っているのでした。否! それよりも不気味な位に自若としていたのは退屈男です。
「ウフフフ。黒白構えか。なかなか味な戦法よ喃。何人じゃ。ひと、ふた、みい……、ほほう、こちらに抜き身が十人、挙捕《こぶしど》りは十一匹か。久方ぶりの退屈払いには先ず頃合いじゃ。――行くぞッ」
 ズバリと叫んで、
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