」
「何の、他愛もない。今一度寸を縮めい」
「はっ。――的は二寸――」
サラリ、土壇近くの焔がゆらめいたかと見るまに、同じくプツリ黒星!
「天晴れにござります」
「まだ早い。事のついでじゃ。一条流秘芸の重ね箭《や》を見せてとらそうぞ。的替えい」
英膳、鞠躬如《きくきゅうじょ》としてつけ替えたのは一寸角の金的です。
ぐッと丹田に心気をこめて、狙い定まったか、射て放たれた矢は同しくプツリ、返す弓弦に二ノ矢をついだかと見るまに、今的中したその一ノ矢の矢筈の芯に、ヒョウと射て放たれた次のその矢が、ジャリジャリと音立てて突きささりました。
「お見事! お見事! 英膳、言葉もござりませぬ」
「左様のう。先ず今のこの重ね矢位ならば賞められてもよかろうぞ」
莞爾としながら静かにふりむくと、自若として揶揄《やゆ》しつつ言ったことでした。
「どうじゃ見たか。スン台武士のお歴々。弓はこうスて射るものぞ。アハハハ。江戸旗本にはな、この早乙女主水之介のごとき弓達者が掃くほどおるわ。のちのちまでの語り草にせい」
途端!――不意です。
隊長らしいあのいち人が目配せもろ共さッと一同を引き具して主水之介の身辺近くに殺到すると、突然鋭く叫んで言いました。
「隠密じゃッ。隠密じゃッ。やはり江戸隠密に相違あるまい。素直に名乗れッ」
「なに!」
まことに意外とも意外な言葉です。主水之介はにったり微笑すると泰然として問い返しました。
「なぜじゃ。身共が江戸隠密とは何を以て申すのじゃ」
「今さら白《しら》を切るなッ。千種屋に宿を取ったが第一の証拠じゃ。あの宿の主人《あるじ》こそは、われら一統が前から江戸隠密と疑いかけて見張りおった人物、疑いかかったその千種屋にうぬも草鞋をぬいだからには、旗本の名を騙《かた》る同じ隠密に相違あるまいがなッ」
「ほほう、左様であったか。あれなる若者、何かと心利《こころぎ》いて不審な男と思うておったが、今ようやく謎が解けたわい。なれど身共は正真正銘の直参旗本、千種屋に宿を取ったは軒並み旅籠が身共を袖にしたからじゃ。隠密なぞと軽はずみな事呼ばわり立てなば、あとにて面々詰め腹切らずばなるまいぞ。それでもよいか」
「言うなッ。言うなッ。まこと旗本ならばあのような戯《ざ》れ看板せずともよい筈、喧嘩口論白刄くぐりが何のかのと、無頼がましゅう飄《ひょう》げた事書いて張ったは、隠密の
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