漢です。
「広言申して、ならばおぬし、見事に十本射当てて見するかッ」
「身共かな」
「気取った物の言い方を致さるるなッ。射て見られいッ。見事射当てるならば射て見られいッ」
「所望とあらばあざやかなところ、見物させてとらそうぞ。あるじ! 弓持てい」
然るにそのあるじ英膳が奇怪でした。仲裁でもするかと思いのほかに、用意をしながらにやりにやりと薄気味わるく笑っているのです。ばかりではない。溜漆重籐飾《ためぬりしげとうかざ》り巻のけっこうやかなひと張りを奥から持ち出すと、ギラリ、目を光らしながら小声で囁きました。
「早乙女の御前。昔ながらのお手並、久方ぶりで存分に拝見致しまするでござります」
「なにッ」
「いえ、さ、早く御前様、お引き遊ばせと申しただけでござります。――いえ、ちょッとお待ちなされませ。陽が落ち切りましたか、急に暗うなりましたゆえ、灯《あかり》の用意を致しまするでござります」
巧みに言葉を濁すと、あるじ英膳はついと身をそらしながら、灯の支度を始めました。まことに不審です。宿の表に麗々《れいれい》と触れ看板を掲げたからには、早乙女主水之介と知っているに不審は起らないが、昔ながらのお手並久方ぶりに拝見とは、いかにも不審でした。
しかし、そのまに土壇《どたん》のまわりは、数本の百目ろうそくが立て廻されて、赤々と輝くばかり――。
いぶかりつつも主水之介は、さッと片肌はねてのけると、おもむろに手にしたは飾り重籐、颯爽《さっそう》としたその英姿! 凛然《りんぜん》としたその弓姿《ゆんすがた》! 土壇のあたり、皎々《こうこう》としてまばゆく照り栄え、矢場のここかしこ仙台藩士の色めき立って、打ち睨むその目、にぎりしめる柄頭《つかがしら》、一抹の殺気妖々としてたなびきながら、主水之介が手にせる重籐、キリキリとまた音もなく引き絞《しぼ》られたかと思われるや、ヒュウと弦音高く切って放たれたかと見るまに的は五寸、当りは黒星――。
「お見事!」
冴え冴えとした声は英膳でした。
同時に莞爾《かんじ》としながら言った主水之介の声もわるくない。
「まずざッとこんなものじゃ。五寸の的などに十本射通すがものはなかろうぞ。あるじ、的替えい」
「はっ」
寸を縮めてつけ替えたのは三寸。
エイ、ヒョウ、サッと射て放たれた矢は、同しくプツリとまた黒星でした。
「御見事、さすがにござります!
前へ
次へ
全22ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング