切に申しあげて見ただけのことなんです。いいえ何ね、それも沢山は要らねえんだ、ほんの五合ばかり、僅か五合ばかり匂いを嗅《か》がせりゃけっこう長くなるんですよ。へえい、けっこう楽にね」
「ウフフ、なかなか味な謎をかける奴じゃ。酒で長くなるとは、どじょうのような奴よ喃、いや、よいよい、五合程で見事に長くなると申すならば、どしょうにしてやらぬものでもないが、それにしても喧嘩のもとのそのお客はどこにいるのじゃ」
「……? はてな? いねえぞ、いねえぞ、三|的《てき》! 三的! ずらかッちまったぜ。いい椋鳥《むくどり》だったにな。おめえがあんまり荒ッぽい真似するんで、胆《きも》をつぶして逃げちまったぜ」
「わはははは、お客を前に致して草相撲の稽古致さば、大概の者が逃げ出すわい。椋鳥とか申したが、どんなお客じゃ」
「どんなこんなもねえんですよ。十七八のおボコでね、それが赤い顔をしながら、こんなに言うんだ。あの、もうし馬方さん、身延のお山へはまだ遠うござんしょうかと、袂をくねくねさせながら、やさしく言うんでね。そこがそれ、殿様の前だが、お互げえにオボコの若い別嬪《べっぴん》と来りゃ、気合いが違いまさあね、油の乗り方がね。だから、三公もあっしもつい気が立って、腕にかけてもと言うようなことになったんですよ。えッへへへへ。だが、それにしても、三的ゃ、酒の気がねえと、じきにまた荒れ出すんだ。ちょッくらどじょうにして下さいますかね」
「致してつかわそうぞ。あけすけと飾らぬことを申して、ずんと面白い奴等じゃ。身共も一緒にどじょうになろうゆえ、馬を曳いてあとからついて参れ」
「え?」
「身延詣《みのぶもう》でのかわいい女子に酌をして貰うなぞとは、極楽往生も遂げられると申すものじゃ。まだそう遠くは行くまい。今のその袂をくねくねさせて赤い顔を致した椋鳥とやらに、身共も共々どじょうにして貰おうゆえ、急いでついて参れ」
「ありがてえ。豪儀と話が分っていらっしゃいまさあね。全く殿様の前だが、江戸のお方はこういう風に御気性がさらッとしていらっしゃいますから、うれしくなりますよ。へッへへ、ね、おい三的! 何を柄《がら》にもなく恥ずかしがっているんだ。気を鎮めて下さるんだとよ。お酒でね、おめえの気を鎮めて下さるというんだよ。馬を曳いて、はええところあとからやって来な」
まことにこんな旗本道中というものは沢山な
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