い。乗ればよいのに乗りもしないで、二頭の空馬《からうま》をうしろに随えながら、ゆらりゆらりと大股に歩き出しました。
――行き行く道の先もいち面の深い霧です。
――その霧の中でシャンシャンと鈴が鳴る。
「なかなか風情《ふぜい》よ喃《のう》」
「へえ」
「霧に包まれて鈴の音をききながらあてのない道中を致すのも、風流じゃと申しているのよ」
「左様で。あっしらもどじょうにして頂けるかと思うと、豪儀に風流でござんす」
行く程にやがて南部の郷を出離れました。離れてしまえば身延|久遠寺《くおんじ》までは二里少し、馬返しまでは、その半分の一里少しでした。
だのに、今の先、馬子達の草相撲をおき去りにしておいて、胆をつぶしながら逃げるようにお山へ登っていったという十七八のそのあでやかな娘は、どうしたことか見えないのです。
「はてな、三公、ちょッとおかしいぜ」
「そうよな。変だね。女の足なんだからな、こんなに早え筈あねえんだが、どこへ消えちまったんだろうね」
いぶかりながら馬子達が首をひねっているとき、霧を押し分けて坂をこちらへ、そわそわしながら小急ぎに降りて来た若い身延詣での町人がありました。しかも、そのそわそわしている容子というものが実に奇怪でした。うろうろしながら懐中を探ったかと思うとしきりに首をかしげ、かしげたかと思うとまた嗅ぐようにきょときょと道をのぞきながら、必死と何かを探し探しおりて来るのです。いや、おりて来たばかりではない。ばったり道の真中で退屈男達一行に打つかると、青ざめて言いました。
「あのうもし、つかぬ事をお尋ねいたしますが、旦那様方はどちらからお越しなすったんでございましょうか」
「背中の向いている方から参ったのよ。何じゃ」
「財布でごぜえます、もしや道でお拾いにはならなかったでござんしょうかしら?……」
「知らぬぞ。いかが致したのじゃ」
「落したのか掏摸《すら》れましたのか、さっぱり分らないのでござります。今朝早く南部の郷の宿を立ちました時は、確かに五十両、ふところにありましたんですけれど、今しがたお山へ参りまして、御寄進に就こうと致しましたら、いつのまにやら紛失していたのでござります」
「ほほう、それは気の毒よ喃、知らぬぞ、知らぬぞ。目にかからば拾っておいてつかわしたのじゃが、残念ながら一向見かけぬぞ」
「悲しいことになりましたな。手前には命にかかわ
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