じゃ。自得の馬術と思わるるがなかなか見事であるぞ。馬も宇治川先陣の池月《いけづき》、磨墨《するすみ》に勝るとも劣らぬ名馬じゃ」
「………」
「そこ、そこ、そこじゃ、流れの狭いがちと玉に瑾《きず》じゃな。いや、曲乗《きょくの》り致したか。見事じゃ、見事じゃ、ほめとらするぞ」
 しきりに興を催しているとき、再び耳を打ったのは、街道の向うから近づいて来た蹄の音です。てっきり、それも同じような若者であろうと察して、ひょいとふり返って見眺めると、だが、馬上せわしく駈け近づいて来たのは、どこかの藩士らしい旅侍でした。しかも二人、その上何の急使かその二騎が、また変に急いでいるのです。急いで一散に街道を東へ轡《くつわ》を並べながら、丁度そこの洗い馬の岸辺近くまでさしかかって来た刹那――、全く不意でした。それまで背の上の主人共々、心地よげに水を浴びていた黒鹿毛が、突然高くふた声三声|嘶《いなな》くと、背に若者を乗せたまま、抑え切れぬ感興をでも覚えたかのように、さッと岸辺に躍り上がりながら、今し街道を東へ駈けぬけようとしている旅の二騎目ざして、まっしぐらに挑《いど》みかかりました。
「黒! 黒! どうした
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