いるかに見えたが、さすがに武人の嗜《たしな》みでした。
「ほほう、なかなかの名手じゃな」
早くもその蹄の音から余程の上手と察して、何物であろうかとふり返ったその目にくっきりと映ったのは、逞しやかな黒鹿毛に打ち跨った年若い農夫の姿です。しかもそれが見るからすがすがしい裸馬なのでした。その裸馬を若者は鮮かに乗りこなしつつ、パッカ、パッカと駈け近づいて来ると、ヒラリ馬をすてて、不意にいんぎんに退屈男へ呼びかけました。
「御清興中をお妨げ致しまして相済みませぬ。手前この近くの百姓でござります。川下で馬を洗いとうござりまするが、お差し許し願えませんでしょうかしら――」
「………?」
「あの、いかがでござりましょう? お差し許し願えませんでしょうかしら――」
「………?」
「いけませんようでしたら、明日に致しましてもよろしゅうござりまするが、いかがでござりましょう。お差し許し願えますようなら――」
「まて、まて。返事をせずにいたは、その方の人柄を観ておったのじゃ。そち、百姓に似合わずなかなか学問致しておるな」
「お恥しゅうござります。御領主様が御学問好きでござりますゆえ、ついその――」
「見様見
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