大名行列でした。無論、退屈男が待ちうけている薩州島津の行列ではない。それとは反対に無事江戸参覲を果して、久方ぶりでのお国詰を急いでいるらしい藩侯に違いないが、折も折に願うてもない道中行列が近づいて来たのはお誂え向きです。音に聞えたぐずり御免のあのお墨付が、どの位の威権を持っているか、まのあたりその御威力を拝見するには好機会と、急いで退屈男は、その道わきに姿をひそませながら、まなこを瞠《みは》って窺いました。
 と――案の定《じょう》、それまで供揃いもいかめしく、練りに練ってやって来た行列先のお徒士頭《かちがしら》らしい一人が、早くも源七郎|君《ぎみ》の釣り姿をみとめて、慌てふためきながら君公の乗物近くへ駈け戻っていったかと見ると、ぴたりと駕籠がとまって、倉皇《そうこう》としながら道中駕籠の中から降り立ったのは、一見して大藩の太守と覚しき主侯《しゅこう》です。しかも主侯自ら腰を低めて恐懼《きょうく》措《お》く能《あた》わないといったように、倉皇としながら小走りに、近よると、釣りの御前の遙かうしろに膝をこごめて、最上級の敬語と共に呼びかけました。
「源七郎|君《ぎみ》におわしまするか。土州
前へ 次へ
全48ページ中32ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング