そうゆえ、もう泣くのはやめい。のう、ほら、早う手を出せ、足りるか足りぬかは知らぬが十両じゃ、遠慮のう受取ったらよかろうぞ」
「………」
「なぜ手を出さぬ。これでは足りぬと申すか」
「滅、滅相もござりませぬ。恵んで頂くいわれござりませぬゆえ、頂戴出来ませぬ……」
「物堅いこと申す奴よ喃。いわれなく恵みをうけると思わば気がすまぬであろうが、これなる黒鹿毛、身共に売ったと思わば、受取れる筈じゃ。早う手を出せ」
「いえ、なりませぬ。くやしゅうござりまするが、無念でもござりまするが、それかと言うて見も知らぬお方様から、そのような大金頂きましては、先祖に――、手前共先祖の者に対しても申しわけありませぬ」
「なに、では、その方の先祖、由緒深い血筋の者ででもあると申すか」
「いいえ、只の百姓でござります。家代々の水呑み百姓でござりまするが、三河者《みかわもの》は権現様《ごんげんさま》の昔から、意地と我慢と気の高いのが自慢の気風《きふう》でござりまする。それゆえ頂きましては――」
「いや、うれしいぞ、うれしいぞ、近頃ずんとまたうれしい言葉を聞いたものじゃわい。三河者は意地と我慢と気の高いが自慢とは、五千
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