思い上がっての雑言か、それとも虎の威を藉《か》りての暴言か、身の程知らぬ啖呵《たんか》を切って争っている姿を、のっしのっしと道中しながら見知ったと見えて、取り巻侍のひとりがつかつかとやって来ると、要らざるところへ割って這入りました。
「何じゃ、弥太一! この浪人者が何をしたというのじゃ」
「どうもこうもねえんですよ。あの通り誰も彼も目の明いている者は、みんなお大尽のお道中だと知って道をよけているのに、このヘゲタレ侍めがのそのそしていやがるんで、どきなと言ったら因縁をつけたんですよ」
「左様か。よしッ。拙者が扱ってつかわそう」
 まことに嗤《わら》うべきお猪《ちょ》ッ介《かい》です。こういう場合の用心棒に雇われてでもいるというのか、これみよがしに大きく結んだ羽織の紐をひねりひねり近づいて来ると、恐るべき江戸名物の退屈男とも知らず、横柄に挑みかかりました。
「因縁つけて何をしようというのじゃ!」
 きくや退屈男のまなこは、編笠の奥深く冴え冴えと冴え渡って、その口辺に不気味な微笑がのぼりました。取るに足らぬ下郎下人の雑言ならば、相手にするも大人気ないと笑ってきき流すつもりだったが、形ばか
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