免なるあの月ノ輪型の向う疵と、諸羽流正眼崩《もろはりゅうせいがんくず》しのあのすさまじい剣脈で行くのです。
「しっとりと霧が降って、よい夜じゃ。京は霧までが風情《ふぜい》よ喃。駕籠屋! 帰りにどこぞで一杯参ろうぞ」
 などと江戸前の好もしくも風流なわが退屈男は、胆力すでに京一円を蓋《おお》い、気概また都八条を圧するの趣きがありました。
 だが、目ざしたその所司代番所へ行きついて見ると、これがなかなか左様に簡単には参らないのです。必死に駈けぬけて先廻りした二人が早くもその手配をしたのか、それとも夜はそうしておくのが所司代番所のならわしであるのか、門は元よりぴたりと一文字に堅く締め切って、そこには次のごとき威嚇顔の制札が見えました。

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   下乗《ゲジョウ》之事
禁中ヨリノ御使イ、並ビニ江戸
公儀ヨリノ御使者以外ニ夜中ノ
通行堅ク御差止メノ事
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 はっきりと禁裡御所からのお使い、並びに江戸お公儀からの使者以外は、夜中の通行堅くお差止めの事と書いてあるのです。無論その表書き通りであったら、たやすく開門させることは困難であろうと思われたのに、し
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