へずいと這入って行くと、鷹揚《おうよう》に言いました。
「有難く心得ろ、今宵いち夜遊興してつかわすぞ」
通ろうとしたのを。
「あの、もし……」
慌てて遮ったのは、唇ばかり卑しく厚い仲居でした。
「何じゃ」
「折角でござりまするが、今宵はもう……」
「苦しゅうない! 苦しゅうない! 遊んでつかわすぞ」
「いえ、でも、あの、今宵はもう珠数屋のお大尽様が客止めを致しましたゆえ、折角でござりまするが、お座敷がござりませぬ」
「構わぬ、すておけ、すておけ。町人輩が小判で客止めしたとあらば、身共は胆《たん》と意気で鞘当《さやあて》して見しょうわ。――ほほう喃、なかなか風雅な住いよのう」
まことにこれこそは真似て真似られぬ身に備わった威厳です。颯爽としながら上がって行くと、戸惑ってまごまごしている仲居の女共を尻目にかけながら、珠数屋の一座が女と酒と嬌声に仇色《あだばな》を咲かしている奥広間の隣室へ構わず這入って行って、悠々と陣取りました。しかも、なすことすべてが胸のすく程圧倒的でした。間《あい》の襖をさらりとあけて、あの月の輪型の疵痕をやにわにぬっとさらすと、千二百石直参旗本の犯しがたい威厳と
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