この通り夜道をかけて飛んで来たんでござんす! お早く! お早く! 早いところ開門しておくんなせえまし!」
「いかさま替肩付きで急ぎのようじゃな! 者共ッ、者共ッ、開門さッしゃい! 早く開門してあげさッしゃい」
打ちうろたえながらギギギイと観音開きにあけたのを、編笠片手にぬッと駕籠の中から、ぬッと悠々と姿を見せたのはわが退屈男です。
「よよッ。うぬかッ、うぬかッ、うぬが計ったかッ、うぬが計ったかッ」
歯ぎしり噛んで怒号したがもう遅い。
「お出迎い御苦労々々々。夜中大儀であった。遠慮のう通って参るぞ」
至っておちつき払いながら退屈男は、ずいと門内に通りました。だが、通してしまったら、二人の者達にとっては一大事に違いないのです。プツリともう鯉口切って、固めの小者達にも命じながらバラバラッとその行く手に立ちふさがると、血相変えてわめき立てました。
「ならぬ! ならぬ! とッて返せい! 引ッ返せいッ」
「恐れ多くも御公儀の名を騙るとは何ごとじゃッ。かくならばもう大罪人、禁札破りの大科人《おおとがにん》じゃッ。帰りませいッ、帰りませいッ。たって通行致さるるならば、お直参たりとも手は見せ申さぬぞッ」
「控えい!」
ずばりとそれを一|喝《かつ》すると、胆《たん》まことに斗《と》のごとし! 声また爽やかにわが退屈男ならでは言えぬ一語です。
「大科人とは何を申すか! 公儀のおん名騙ったのではない。公儀お直参の旗本は、即ち御公儀も同然じゃ。――その方公旗本は禄少きと雖も心格式|自《おのずか》ら卑しゅうすべからず、即ち汝等直参は徳川旗本の柱石なれば、子々孫々に至るまで、将軍家お手足と心得べしとは、東照権現様《とうしょうごんげんさま》御遺訓にもある通りじゃ。端役人共ッ、頭《ず》が高かろうぞ。もそッと神妙に出迎えせいッ」
「言うなッ。言うなッ、雑言《ぞうげん》申さるるなッ。いか程小理屈ぬかそうと、夜中|胡散《うさん》な者の通行は厳禁じゃッ、戻りませいッ、戻りませいッ。この上四ノ五ノ申さるるならば、腕にかけても搦《から》めとってお見せ申すぞッ」
「控えろッ。胡散な者とは何事じゃ。さき程その方共は何と申した。公儀お使者ならば通行さしつかえないと申した筈でないか。即ち、われらは立派なお使者じゃ。行列つくって出迎えせい」
「まだ四ノ五ノ申しおるなッ。まことお使者ならば、公儀お差下しのお手判がある筈、見せませいッ、見せませいッ。証拠のそのお手判、とくとこれへ見せませいッ」
「おう、見せてつかわそうぞ。もそッと灯りを向けい。ほら、どうじゃ。これこそはまさしく立派なお手判、よく拝見せい」
にんめり笑って、ずいと突き出したのは眉間のあの向う傷です。
「どうじゃ。何より見事な証拠であろう。この向う傷さえあらば、江戸一円いずこへ参ろうとて、いちいち直参旗本早乙女主水之介とわが名を名乗るに及ばぬ程も、世上名代の立派な手判じゃ。即ちわれら直参旗本なること確かならば、将軍家お手足たることも亦権現様御遺訓通りじゃ。お手足ならば、即ちわれらかく用向あって罷《まか》り越した以上、公儀お使者と言うも憚《はばか》りない筈、ましてやそれなる用向き私用でないぞ。どうじゃ、覚えがあろう! 身に覚えがあろう! その方共端役人の不行跡、すておかば公儀のお名にもかかわろうと、われら、わざわざ打ち懲らしに参ったのじゃわッ」
「なにッ」
「おどろかいでもいい。その方共が口止めに、卑怯な不意討ちかけた露払いの弥太一は、まだ存命致しておるぞ。と申さば早乙女主水之介が、手数をかけて禁札[#「禁札」は底本では「禁礼」と誤植]破り致したのも合点が参ろう。ほしいものは珠数屋の大尽の身柄じゃ。さ! 遠慮のう案内せい!」
「そうか! 弥太一が口を割ったとあらばもうこれまでじゃッ。構わぬ、斬ってすてろッ、斬ってすてろッ」
下知《げち》するや否や、固めの小者もろども、一斉に得物を取りながら、ひしめき立って殺到して来たのを、
「御苦労々々々。刄襖揃えて出迎えか、では、参ろうぞ。どこじゃ。案内せい」
にんめり笑って、ずいずいと三歩五歩――。やらじと、引き下がって再び殺到しようとしたのを、
「いや風流じゃ、風流じゃ。白刄固《しらはがた》めの御案内とは、近頃なかなか風流じゃ。道が暗い! もそッと側へ参って手引せい」
莞爾《かんじ》としながら深編笠片手にしたままで、剣風《けんぷう》相競《あいきそ》う間をずいずいと押し進みました。まことに胆力凄絶、威嚇ぶりのその鮮かさ!――まるで対手は手も出ないのです。剣気を合わすることすらも出来ないのです。じりじりと下がっては構え直し、下がってはまた構え直して、徒らに只《ただ》犇《ひし》めいている間を、わが退屈男はいとも自若として押し進みながら、珠数屋の大尽の囚われ先はいずくぞと、ひ
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