に物を言わせてつかわそうぞ」
 静かに呟きながら、愛用の一刀を音もなく抜き払いました。刹那! 何ともどうももう仕方がない。ひとたびわが退屈男の腰なる秋水が鞘走ったとならば、何ともどうももう仕方がないのです。
「みい!」
 静かな声と共に、その秋水が音もなく最初のひとりを見舞いました。しかし、斬ったのはその右腕です。スパリと一二尺血しぶきもろとも、飛んで落ちたのを見眺めながら、何ともどうも不気味な微笑でした。にんめり微笑しつつ、静かに言いました。
「ともかくも役儀を持ったその方達じゃ。片腕ずつ殺《そ》いでおくのも却って面白かろうぞ。ほら、今度はそッちの獅子鼻じゃ。――すういと痛くないように斬ってつかわすぞ」
 言ったかと思うと、本当にすういと斬りとるのだから、どうも仕方がないのです。と見て、残った二人が必死に逃げのびようとしたのを、裂帛《れっぱく》の一声!
「またぬかッ。その方共を逃がしては、それこそまさしく片手落ちじゃ。ほうら! 両名一緒に一本ずつ土産に貰うぞッ」
 さッとひと飛びに追い迫って、左右に一刀斬り!
「四本落ちたかッ。ようしッ。もう小者達には用がない。早う消えおろうぞッ」
 慌てふためいて雑兵ばらが、呻き苦しんでいる四人の者を置去りにしながら逃げ去っていったのを、退屈男は小気味よげに見眺めつつ、静かに磔柱の傍に歩みよると、色蒼ざめて生きた心地もないもののように、脅えふるえながらくくられていた珠数屋の大尽のいましめを、プツリと切り放ちました。
「あ、ありがとうござります! ようお助け下さりました。い、いのちの御恩人でござります! 金も、金も、何程たりとも差しあげまするでござります!」
 ぺたりと這いつくばって言ったのを、
「またしても金々と申すか! 小判の力一つで世間を渡ろうとしたればこそ、このような目にも会うたのじゃ。その了見、そちも向後《こうご》入れ替えたらよかろうぞ。表に駕籠が待っている筈じゃ。早う行けッ」
 一喝しながら去らしておいて、退屈男は静かに懐紙《かいし》を取り出すと、うごめき苦しみながら、のた打ち廻っている四人の者の肩口からぶつぶつと噴きあげている血のりをおのが指先に、代る代るぬりつけて、燃えおちかかった篝火《かがりび》をたよりに、ためつすかしつ次のごとくに書きつけました。

「当職所司代は名判官と承わる。これなる四人の公盗共が掠《かす》
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