ある筈、見せませいッ、見せませいッ。証拠のそのお手判、とくとこれへ見せませいッ」
「おう、見せてつかわそうぞ。もそッと灯りを向けい。ほら、どうじゃ。これこそはまさしく立派なお手判、よく拝見せい」
 にんめり笑って、ずいと突き出したのは眉間のあの向う傷です。
「どうじゃ。何より見事な証拠であろう。この向う傷さえあらば、江戸一円いずこへ参ろうとて、いちいち直参旗本早乙女主水之介とわが名を名乗るに及ばぬ程も、世上名代の立派な手判じゃ。即ちわれら直参旗本なること確かならば、将軍家お手足たることも亦権現様御遺訓通りじゃ。お手足ならば、即ちわれらかく用向あって罷《まか》り越した以上、公儀お使者と言うも憚《はばか》りない筈、ましてやそれなる用向き私用でないぞ。どうじゃ、覚えがあろう! 身に覚えがあろう! その方共端役人の不行跡、すておかば公儀のお名にもかかわろうと、われら、わざわざ打ち懲らしに参ったのじゃわッ」
「なにッ」
「おどろかいでもいい。その方共が口止めに、卑怯な不意討ちかけた露払いの弥太一は、まだ存命致しておるぞ。と申さば早乙女主水之介が、手数をかけて禁札[#「禁札」は底本では「禁礼」と誤植]破り致したのも合点が参ろう。ほしいものは珠数屋の大尽の身柄じゃ。さ! 遠慮のう案内せい!」
「そうか! 弥太一が口を割ったとあらばもうこれまでじゃッ。構わぬ、斬ってすてろッ、斬ってすてろッ」
 下知《げち》するや否や、固めの小者もろども、一斉に得物を取りながら、ひしめき立って殺到して来たのを、
「御苦労々々々。刄襖揃えて出迎えか、では、参ろうぞ。どこじゃ。案内せい」
 にんめり笑って、ずいずいと三歩五歩――。やらじと、引き下がって再び殺到しようとしたのを、
「いや風流じゃ、風流じゃ。白刄固《しらはがた》めの御案内とは、近頃なかなか風流じゃ。道が暗い! もそッと側へ参って手引せい」
 莞爾《かんじ》としながら深編笠片手にしたままで、剣風《けんぷう》相競《あいきそ》う間をずいずいと押し進みました。まことに胆力凄絶、威嚇ぶりのその鮮かさ!――まるで対手は手も出ないのです。剣気を合わすることすらも出来ないのです。じりじりと下がっては構え直し、下がってはまた構え直して、徒らに只《ただ》犇《ひし》めいている間を、わが退屈男はいとも自若として押し進みながら、珠数屋の大尽の囚われ先はいずくぞと、ひ
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