」
言っているとき、場内の者が一斉にざわめき立ったので、ふと、目を転ずると、これ迄はどこにひとりも女性《にょしょう》の影すら見えなかったのに、今となって、どうしたと言うのであろう?――大奥付の腰元らしい者は者でしたが、ようよう二十《はたち》になるやならずの、目ざめるばかりの美形《びけい》がいち人、突如として正面お座席近くに姿をみせて、文字通り万緑叢中紅一点のあでやかさを添えましたので、いぶかしさに打たれながら主水之介も目を瞠《みは》っていると、四人の騎士がさらに奇態でした。美人現るると見ると、色めき立ちつつ、一斉に気負い出したので、早くもそれと推定がついたもののごとく、微笑をみせたのは退屈男です。
「ほほう、ちとこれは面白うなったかな。御酔狂な犬公方様の事ゆえ、あれなる美形に何ぞ謎がかかっているかも知れぬぞ」
呟いたとき――、ドドンと打ち鳴らされたものは、馬首揃えろ! の締め太鼓です。つづいてドンと一つ、大きく鳴るや一緒で、おお見よ!――四つの馬は、鞍上《あんじょう》人《ひと》なく、鞍下《あんか》に馬なく、青葉ゆらぐ台町馬場の芝草燃ゆる大馬場を、投げ出された黒白取り取りの鞠《まり》
前へ
次へ
全32ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング