てね、ぜひに顔を見てえとこんなことを吐かしがりやしたので、ちょっくら堪能させておいて帰《けえ》ろうとしたら、何よどう人《ひと》間《ま》違げえしやがったか、身には何も覚えがねえのに、役人共が張ってやがって、やにわに十手棒がらみで御用だッと吐かしゃがッたので、逃げつ追われつ、夢中であそこの塀をのりこえてめえりやしたが、もっけもねえ。それが御前のお屋敷だったと、只これだけの仔細でごぜえます」
「でも、そち、そのふところにドスを呑んでいるようじゃが、何に使った品じゃ」
「えッ――なるほど、こ、こりゃ、その、何でごぜえます。情婦の奴が、こんな物を知合の古道具屋が持ち込んで来たが、女には不用の品だから何かの用にと、無理矢理持たして帰《けえ》しやしたのを、ついそのままにしていただけのことなんでごぜえますから、後生でごぜえます。もう御勘弁なすって、どこかそこらの隅へ拾い込んで下せえまし」
「ちとそれだけの言いわけでは、そちの風体と言い、面構《つらがま》えと言い、主水之介あまりぞっとしないが、窮鳥《きゅうちょう》ふところに入らば猟師も何とやらじゃ。では、いかにも匿まってつかわそうぞ。安心せい」
 だから
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