どこか部屋のうちにでも匿うのかと思うと、そうではないので、ここら辺が江戸名物旗本退屈男の面目躍如たるところですが、安心いたせと言ったにも拘らず、風体怪しきそれなる血まみれ男を、ちゃんとそこの庭先へすて置いたままでしたから、その時御用提灯をかざしながら、どやどやと押し入って来た町役人共の目に当然のごとく発見されて、すぐさま罵り下知する声があがりました。
「こんなところへ逃げ込みやがって、手数をかけさせる太い奴じゃ。うけい! うけい! 神妙にお縄をうけいッ」
きくや、退屈男の蒼白秀爽な面《おもて》に、ほんのり微笑が浮いたかと見えましたが、一緒にピリピリと腹の底に迄も響くかのごとくに言い放たれたものは、小気味よげなあの威嚇の白《せりふ》です。
「あきめくら共めがッ、この眉間の三日月形が分らぬかッ」
「………?![#「?!」は横一列]」
「よよッ」
「………!」
「分ったら行けッ」
「早乙女の御前とは知らず、お庭先をお騒がせ仕って恐れ入ってござります。なれ共、それなる下郎はちと不審の廉《かど》あって召捕らねばならぬ者、役儀に免じてお下げ渡し願われますれば仕合せにござります」
「では、行けと申
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