この小暗い蔭に、ちらり十吉の大名姿が吸いこまれたかと思ったあいだに、どうしたことか切支丹《きりしたん》伴天連《ばてれん》の妖術ででもあるかのごとく、すうとその姿が見えなくなったので、丁度そこへ配下の者をのけぞらしておいて、逸早く走りつけた京弥共々、等しく三人があっけにとられているとき、不意にそこの小屋敷のくぐり門が、ぎいと開かれると、ひょっこりいち人の旅僧が黒い影を地に曳きながら立ち現れました。
「馬鹿者。やったな」
素早く認めて、退屈男がずかずかと歩みよったかと見えましたが、ぬうっとその前に立塞《たちふさ》がると、むしろ気味のわるい太い声で呼びかけました。
「こりゃ、そこの御坊!」
ふりかえったのをその途端――
「十吉ッ、化け方がまずいぞッ」
言いざま片手でそのあじろ笠を押え、残る片手でおのが黒覆面をばらりはぎとると、折からさしのぼった月光の下にさッとあの凄艶きわまりない面をさらしながら、威嚇するように言いました。
「この顔をみい! そちが一番怖い長割下水の旗本退屈男じゃ」
「げえッ」
おどろいたもののごとく身をすりぬけようとしたのを、押えてぐいと対手の頤《あご》を引きよせな
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